人は美しいモノには目が無くて、無条件に注目してしまいます。
美しいと一言で言えども色んな美しさがあるけれど、美しさに共通する要素を分解して見ようと思います。
まず美しいものは、それがあるだけで癒やしが起きます。
良い絵画は眺めてるだけで心の中が清められる感覚や、イラナイ邪気が燃えていくような感覚があったりします。
ネコの顔は良くできていてとても美しく、見てるだけで癒やされます。
(今日は昨年旅立ったサロンの癒やし猫ポコゾーの命日🙏)
そして、美しいものを感じると、心の奥深くに喜びを感じます。
美しいものを見て嫌がる人はいないのでね。人間の本性は美なのだと思います。
美による癒やし、美による喜びの出所は、1つは性にあると感じてます。異性や性そのもの。
性的なことってタブー視されがちだけれど、人の美を込める基本的な型だと思います。
性を通じて喜びを与えたり受け取ったりしますし、イケメンや美女を見て癒やされるのは性的な魅力があるからです。
そしてその魅力の中には黄金比が隠れているのです。ミロのビーナスは黄金比によって出来上がっているとされてます。
また不思議とVenusは裸で、性的な魅力(エロス)も感じさせます。
また美を別の角度から見ると、そこには自己犠牲があります。
男女の関係もそうですが、自分の欲求ばかりを優先していたら、醜い関係になってしまいます。
自分の想定してることや、望んでいることを打ち壊し、自分を犠牲にすることで生まれるハーモニーは美しいです。
そして美しいものは強いですね。武神館の初見先生が仰っていたはずですが、美しい形は強いのです。
体裁き、突き、空間のとり方、一つ一つの一挙手一投足が美しいと、その人は強いのですね。
それから、勝とうとばかりしません。相手を受け入れてしまうこと。寛容さを持つこと。
相手を支配しようとするのではなく、自由にさせてあげることで、より強くなることができます。
太極拳では、力と力の真っ向勝負ではなく、相手を飲み込んで行くことで、相手の力を対処すると聞きましたが、その動きしかり、精神性然り、とても美しいです。
戦わずして勝つていう印象です。
そして、さらに抽象度を上げていくと、美しいモノには、生と死がかかわっています。
絶景は死を感じる景観ですが美しく、命の誕生は美しさと喜びに溢れています。
侘び寂びの美意識は、生と死が日常にあるからこそ表現されるもので、どんな状況においても日を表現する一貫性・高貴さを感じずに入られません。
どれだけ、今生きている命に向き合い、自分を大切にしているかで、表現できる美の幅は大きく変わってくると思います。
日々の生活の中で美しいものが増えて増えて溢れてきたら、きっと一人一人の日常=世界はもっと輝かしい場所に変わっていくはずです。
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