人が求めてやまないもの、愛。
空気と同じようなもので、愛がないと人は生きられません。
その愛って一体何なのか、詳しく見ていきます。
愛の性質として、愛は愛を呼ぶということ。
人を愛してる人って、人からも愛されるんです。
モテるのとは違って、人を愛すると愛してくれる人が寄ってくるようになります。
恋愛の恋がモテだとすれば、愛されるのは愛の方。恋愛は恋から愛に変容するプロセスを重視してるのかもしれません💡
愛は受け取ると温かい気持ちになります。恋は駆け引きやスリルだけど、愛は温かい。
相手を思いやる気持ちが愛から感じられるからですね。
肉欲・セックスは愛と違うと思われるときもあるけれど、愛の本能的な形だと思います。
人を愛そうとした時、相手を受け入れ1つになりますけれど、それを身体でするのがセックス。
愛を感じられる、あるいは愛を与えられる、濃厚な表現の一つです。
もちろん、その行為に至るまでのプロセスによっては、それが愛からくる行為ではなくなってしまうことも。
全ての行為が愛かといえばそうでは無いのです。
愛→セックスの順番なのであって、愛=セックスでもなければ、セックス→愛でもないです。
愛は価値観を超えています。これを考えると、行為と愛の順番が明確になると思います。
行為が先にくる場合は、何らかの価値観の中に収まっていて、脳が反応しているだけの場合がほとんどでしょう。
価値観を超えて人を愛そうとしたら、その順番を間違えることは出来ないのです。
愛は分け隔てるのを嫌います。なので、定義されて分かりやすく分解されるのも嫌うのです。
分解する記事を書いててアレですが。。。🤫
もちろん価値観を持ってしまったらアレが良くてコレは良くないと分けられるので、愛の入る余地がそこにはありません。
善悪の区別もなく、全てを丸っと受け入れてしまうことが愛です。
なので、受け入れる行いだけでなく、すべてを受け止める器そのものでもあります。究極の母性とでも言うのでしょうか。
そして、すべてを受け止める究極の母性であると同時に、すべてを与え続ける力も愛です。
与えると枯渇してしまうのなら、それ愛ではありません。
男女関係のみならず、仕事の関係でもそうですが、与えて自分が疲れてしまうのなら、そこには愛以外の何かが介在しているハズ。
僕は枯渇する男女関係に凄く悩んだ時期がありました。その人のために色々と動いて干からびた時が笑
反対に、どれだけ動いてもエネルギーが枯渇しない時はうまく愛が流れている証拠でした。
愛は全てを包み込み与えるので、愛が全てと言っても過言ではないと思います。
詳しく考えるとややこしい愛ですが、ここを押さえると良い出会いもちゃんと訪れるし、孤独感もなくなってきます。
針の穴を通すような繊細な分野のことですけれど、アデプトプログラムを通じて学びを深め、僕はこの仕組みを理解できました。
自分をいろんな角度から見つめ、愛いっぱいの人生を送っていきましょう😊
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