一緒にご飯を食べて、話しもできるお客さん。僕にとっては友だちや家族感覚なのだけれど、どこまで学べばスピリチュアルや形而上学で伝えている解放された状態で生きられるのか、と最近よく聞かれていたのでした。

そんな時、久々に体調を崩して(食あたり笑)、繋がっていない状態を味わうことに。スピリチュアルに生きている感覚が一斉に閉ざされていき、濃密な肉体中心の世界へ。あんれまー、これは久しぶり。

「解放」って普段は使わない言葉だし、第一印象はイカニモ浮ついたスピリチュアルな感じだなあと思っていたけれど、実際にスピリチュアルな目線で物事を捉えていくと、あることから解放が起きているのですね。

それを一言で言えば・・・?

「常識」かな。こうするのが当たり前、これが普通、という発想が、意識できないレベルで私達の頭の中に巡る思考のベースにあって、その常識の中で何とかしようと頑張っているのが普通な私達の状態。

でもこの常識の中で生きていると、自分の内側にある宇宙と、外側にある宇宙の繋がりが途切れているようで、すごく、不自由な感じ。ヘルメスの格言に「内にあるがごとく、外もそうである」という言葉があるけれど、常識を生きているとこの言葉は本当に意味不明なファンタジーに思えて。

こうやって文章を書いていると、初めてその格言を聞いた頃は、そんなことが分かったらいいのになぁ、と思っていたのを思い出しました。どれだけ本を読んだって、知識は増えても”分かる”までには至らなかったから。

どれだけ占星術を学んだって、常識に囚われた頭で考えれば、天地人の関連はこじつけになってしまう。

それでも、自分と宇宙が呼応関係にある生き方は、地球の規則やルールだけに縛られた生き方よりも、どれだけ開放的で自由なんだろうと憧れてたのです。一挙手一投足が、宇宙と関係していて、大きなサポートを得られる安心感。

今思えば、憧れていたことが確かに現実に起こっていると思えるのだけれど。

スピリチュアルに憧れるのと、スピリチュアルに生きることの違い

過去のスピリチュアルに憧れていた自分と、スピリチュアルを生き始めた自分。何が違うんだろう。

もちろん、頭の中から常識という名の雑念への執着が減ってきているのだろうけれど、そういう表面的なことではなくて、実際にそこに至るために必要だったプロセスを思い返してみると、いくつか思い当たる節が出てくるのね。

僕の場合は、ある出来事をキッカケにいきなり分かるようになった、という訳ではなく、少しずつ少しずつ理解して、内側と外側の関係が”みえる”ようになってきたのです。結構地味で、あんまりドラマチックじゃないのだ笑

自分の内側=小さな宇宙=ミクロコスモス
自分の外側=大きな宇宙=マクロコスモス

なんて捉え方もあるけれど、小宇宙と大宇宙が繋がっていて自分が宇宙の法則の上にいるんですよ、ということを日常生活に落とし込むまでの道のりは人それぞれだけれど、これが欠けたらきっとまだスピリチュアルな生き方って一体何?、という状態が続いてただろうと思う決定的なことがあるのです。

それは、≪瞑想・イニシエーション・正しいスピリチュアル知識・良い食生活・断食・整体と運動・コミュニケーション≫。

正しいスピリチュアルな知識・イニシエーション

正しいスピリチュアル知識がなかったら、きっとニューエイジャーのように「引き寄せた」「シンクロした」というような、釈迦の掌の上で遊んで感動して、次に何が起こるんだろう!とワクワクすることはできたとしても、意志によってマインドをコントロールすることまで進めなかったと思う。

かなりニューエイジャー的な思考をしていたころの自分は、宇宙が何なのかということを追及していなかったし、分からないものだと思っていた。それじゃあ、いつまでたっても”直に繋がる”ことはないのだね。だって、大きな宇宙と小さな宇宙を切り離して、その間に接着剤か何かを入れているのだから。そりゃあ、スピリチュアルな生き方っていうのがピンと来ない訳。

宇宙に委ねる、流れに身を任せるって言ったって、もう期待感満載!これっぽっちも委ねてないのね笑。きっと宇宙は今の大変な自分を助けてくれるだろう、とか、もっとすごい自分になるような出来事が起こるんだろう、とか。そんなんだから、もちろん上手くいかないのね。宇宙はどうして味方してくれないのか、なんて思ったり。

こういう間違った部分の無い正しいスピリチュアルな知識を、しっかりと頭に入れ続けることはすごく大事だった。だって、初めてスピリチュアルなことに興味を持った時、正しい知識を話されているときの自分は、その人の話しが退屈過ぎて他事をしてたんだよね。自分と関係のない机上の空論を話しているのだと思っていたし。我ながらすごい思考回路をしていたと思う。。。

正しいスピリチュアルな知識って、最初は脳みそを素通りしていくのだけれど、だんだん分かってくるのです。むしろ間違った情報だと誤認することもあるくらい。だから、自分を解放したいのなら、常に正しい知識を頭に入れることがとても大切。

イニシエーションは、アデプトプログラムから始まったけれど、段階を追うごとに自分が内側から変化していった。

瞑想

何も考えない時間を毎日作ること。常識がいっぱい詰まった頭の中身を、整理する時間が必要。じゃないと周りの人が作っている空気に流されてしまうから。

それと頭の中には今まで見聞きしたこと、経験したことの情報がたーくさん詰まっている。それが邪魔して正しい知識が頭に入ってこないなんてこともザラ。だから、瞑想でリラックスして、過去の経験から物事を判断するんじゃなくて、フレッシュな気持ちで選択・判断できるような状態を整える事がすごく大切だった。

仕事が忙しくて瞑想できない日もあったけれど、後から思えば、あなたはいったい何のために生きているの?と自分に問いかけなきゃいけないなと思う。きっと、仕事は生活のためにしているのだけれど、でも生きるのは生活するためではないのだよね。

生きる目的の大前提を見失ってしまうと、瞑想はどんどん後手に回っていって、人生全体の流れが守りの姿勢に入っていって、窮屈になってくる。だから、仕事が忙しくても瞑想する時間は取った方がいい。

良い食生活・断食

断食と食生活は一緒だと思っていて、食べる量が0になれば断食という感覚でいます。良い食生活は、なるべく添加物など消化に負担のかかるものは取らないこと。肉食を控える事。野菜中心にすること。

軽くて質の良い食生活にするだけで、気分も良くなるし、頭の回転も良くなる。反対に、重たい食事を取ると体がズッシリとして眠たくなってくる。仕事で疲れていたり、ストレスが溜まっていると、重たい食事をとって体を強制的に休めてしまいたくなるんですよね。

ストレスが溜まった時やすごくハードワークをした後は、チョコレートやジャンクフードを食べまくった時もありました笑。でも、その後の調子はあまり良くないんですね。イライラしたり憂鬱な気分になったり、反対にすごく気分が良くなったり、波が激しくてそれでまた疲れてしまう。

そんな状態の時は、スピリチュアルな繊細な感覚はよく分からなくなったのです。ヘルシーな食事をした後とかは、むしろ冴えてくるんですね。

食事は何年もかけて徐々に変えていくのが良いと思います。そんなにすぐに変えられないので。頭も体も心も、今までの食事を覚えているからね。。

整体と運動

体を整えて、リラックスした状態をキープすること。コリや歪みは血と氣の巡りを停滞させてしまいます。病み上がりにスピリチュアルセンスがイマイチな時、だいたい体が固まって凝ってました。

マッサージに通うのもいいですが、基本はストレッチ、太極拳、体操などをして自分で自分を整えます。体が硬いと心も頭も固くなり、常識の中に納まろうとする傾向が強まる感じがしてます。

西式健康法の体操は画期的でした。これが自分にとっては一つのブレイクスルーのきっかけになったと言っても過言ではないです。毛管運動・金魚運動・背腹運動・合掌合蹠運動、それから平床・硬枕で寝る事、それから四十分合掌業。お奥さんは太極拳を初めて、すごく調子よさそうです。正しく立つところから指導いただける先生と巡り合ったようで。氣と血の巡りは良くしておくと、コンディションもばっちり。

コミュニケーション

要と言えるくらい重要です。新しい発想、新しい視点、新しい考え方など、すべてはコミュニケーションから入ってきます。良いものを取り入れられる自分でいるために、コミュニケーション以前に紹介した5つのことで自分を整える必要がありました。

僕はそんなにおしゃべりな方ではなく、人の気持ちを察する能力もそこまで高くないのですが、心を開いて話すことができれば、人も心を開いてくれます。たまに、どちらが正しいかを競い合うかのようなコミュニケーションになってしまいますが、そういう時は新しいものが生まれなくて、気づきもないです。出来るだけ、そういう会話が始まったら熱くならずに、会話を終わらせて落ち着くのが良かったですね。瞑想して頭を冷やしたり。走ったり。

良いコミュニケーションが夫婦間でできるようになると、すごく楽しくなってきます。なんてったって、夫婦は基本的に同じ屋根の下で暮らしているから、いっつも顔を合わせるのだ。嫌なことがあれば、ず~っと険悪なムードが続くし、粗雑なコミュニケーションしか取れなかったら、いつも粗雑。2013年に宏枝と結婚したけれど、そういうコミュニケーションが出来るようになったのは、2017,8年くらいのこと。結構時間がかかりました。

それまでは、あら捜しや揚げ足取りみたいなことが多かったり、お互いの意見を言って意気投合することはあったけれど、本音でぶつかって自分をすべてさらけ出して、それでも競争しあうことなくお互いを尊重して話し合うことは出来なかったのですね。

なので、コミュニケーションには本当にマジックがかかると思います。コミュニケーションの仕方が変わってからは、電話やビデオ通話では得られない気づきが生まれました。それは、お互いのオーラとオーラを重ね合わせた範囲で、頭と心の情報を共有して起きることだと思います。大げさに言えばセックスかな。新しいものが生まれるときは、やっぱり二つの異なるものがうまい具合にマッチするのです。あ、大げさに言わなければ、スイカと塩かな。甘いものとショッパイものの相反するものが、絶妙にマッチするあの感覚。

それから、既にスピリチュアルな人生を生きている人と関わる機会を多くとることがとても大切でした。分かっていない人同士で真実を探検してみよう!と意気込むこともあるけれど、だいたいは迷路に入ってしまうのです。なので、分かってる人の言葉に耳を傾けることが本当に大切でした。

なるべく複数の人の言葉に耳を傾けると良かったかな。自分の頭の中にはバイアスがかかっているので、言葉の本意・真意がなかなか直ぐに腹に落とし込めないのです。いろんな角度から情報を入れてあげると、いつかピコンと理解に至ります。独学、我流は遠回りね。。。アデプトプログラムから始まる過去何千年もの間保たれている道を素直に自分らしく歩むこと。これが何よりも近道だと思います。

人との縁と、良いコミュニケーションがなければ、ポジティブな気付きは得られませんでした。本当に、感謝してもしきれないほど。

そんなこんなで今に至っています。これからスピリチュアルな道を歩む人の参考になったら嬉しいです*


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