エゴは自分の本質を皮のように覆っていて、玉ねぎの皮を剥くように一つ一つ剥がれていって、どんどん取れていく、という考えがあります。
けれど、ここには罠が潜んでいます!
「エゴの皮むき」には、こんな発想が見え隠れしています。
・エゴが少ない方が偉くて、エゴが多いと劣っている
・エゴがいつか0%になる時が来る
一見すると悪くない考えに見えるところに、見落としているところがあるようです。
エゴの排除は大切だけれど
たしかに、エゴの排除は大切ですが、《実際のところエゴの皮が向き終わる時はやって来ない》のではありませんか?これが事実ではないでしょうか。
このような昔から伝わる言葉があります。
「過去に存在し、未来に存在するパワーは、今ここにある。」
全ての物事は現在という瞬間にあるのに、「エゴの皮むき」はいつか来る未来に結果を委ねる発想をしています。
今この瞬間に自分らしい生き方が出来ないのなら。この先に訪れる瞬間においても、またその先に時間を先伸ばしにしてしまいませんか。
すると、エゴの排除が完了する瞬間は永遠に訪れません!
この事実を無視して、エゴの排除に取り組んだ時間の長さによって、その人が偉いとか偉くないとかと思ってしまうこともあります。
それっぽく聞こえますけれど、実際のところ、事実無根の幻想に思えます。
「エゴの皮むき」の根底にある発想
「エゴの皮むき」の発想の根っこにあるのは、成功や清らかさのついての取り違えだと思います。
富や名声を得ることが成功という発想や、貧乏が清らかだと思う発想。
どちらも違うと思います。
本当の成功とは、外面的なステータスによるものではなく、その人がその人らしく在ることです。
お金持ちが偉いのなら、赤ちゃんはには全然価値がなくなってしまいます。
でも、子宝と言います。なんのステータスのない赤ちゃんが、宝なんです。
赤ちゃんの持つ純粋さに、人間の本質が現れているように思えます。
貧乏だろうが富や名声があろうが、その状態であれば、自分も気分が良いですし、人から見てもキラキラと輝いて見えます。
どれだけ富を持っていても、心が空っぽで、常にお金がなくなる不安でいっぱいの人もいます。
反対に、貧乏が嫌で、お金が欲しいと貪欲な気持ちで頭がいっぱいな人もいます。
どちらも、人間らしさという本質的な道から逸れてしまっているようです。
じゃあどうしたら良いんでしょう?
「エゴの皮むき」からの脱却方
大人は、赤ちゃんのように人からお世話してもらえないので、自分でやることがあります笑。
喜びを感じることをして、ポジティブでいること!
これに尽きると思います。シンプルなのだけど、意外とやるのは難しいです。
周りにこういう考えで生きている人はすごく少ないので、この生き方は変だと思うかもしれません。
そういうのは、金曜日の仕事終わりの一杯や、音楽ライブでの一体感を感じる時だけの特別なご褒美で、普通の時はグッとこらえて我慢して、仕事をするのが普通だと思っている人の方がたくさんいます。
でも、周りに合わせて、わざわざ辛い道を歩むことはないと思います。
実のところ、周りと合わせるのは楽なんです。会社は出社時間が決まってますし。みんなと一緒に満員電車を我慢することも、頑張れと言われれば頑張れます。
会社を維持するのも、自分の得意なことをして、やるべき手を打っていけば物事は動いていきます。
人生を終える時、それで満足したと言えるのなら、それは良いと思います。
けれど、そうでないのなら、やっぱりそれは変えた方が良いと思います。
大変かもしれませんが、その通り。そうなんです。大変です!
読んで字のごとく、「大」きく「変」わる。
全然違った生き方に変えていく選択なので、大変なんです。
あの時勇気を持ってやっておけば良かった、と思うかもしれません。
人生を変えるための道は、人間という種族が始まってから用意されているとされています。
一言で言ってしまえば、来た道を帰るだけですからね。当たり前といえば当たり前です。
けれど、来た道なんて誰も覚えてません。
なので、サロンでは「アデプトプログラム」という来た道へと帰る歩みを始めるプログラムを開催し、またヒーリングやブログを通じて、その道を歩んでいく後押しをさせていただいています。
その道を歩みたいと思われたら、ぜひトライしてみてください*